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Vol. 13 父のために一度は名古屋へ、そして新潟へUターン

プロフィール

船山和彦さん(40代): 新潟市出身。専門学校卒業後、県内企業に就職。お笑い集団「NAMARA」の立ち上げにも携わる。のちに名古屋市に住む父親が体調不良となり、看病のため同市へ単身で移住。父親の面倒を看ながら、トラックドライバーとして砂糖や小麦粉のルートセールスや配送業務に従事。平成28年2月に新潟市にUターン、現在は株式会社髙助臨海営業所の運送担当として活躍中。

新潟移住を考えたきっかけ

そもそも名古屋に留まる理由が無くなった事がこちらに戻ったきっかけでした(笑)。止むを得ない理由から新潟を離れていた父親が、ある時体調不良になり、新潟に連れ戻そうと思ったのですが、結局断念。自分が名古屋に行くことにしました。ところが昨年、何故かその本人が身一つで新潟に戻って来てしまいました(汗)。父親の看病の為に名古屋に行ったので、「一人名古屋に残っても・・」という事で新潟にUターンする事にしました。

転職活動の内容

新潟へのUターンは1年程前から考えてはいたのですが、平成28年9月にWEBでU・Iターンコンシェルジュ事業を見つけ、実際に登録をしたのが活動の始まりでした。コンシェルジュの方から2社目に紹介された「株式会社髙助」で面接に至り、11月には内定を頂戴しました。翌年2月に新潟へUターン。3月から勤務開始となりました。実は他にも応募した企業もあったのですが、仕事の引継ぎや引越しなどの準備期間が取れず、お断りしたところもありました。そんな中、採用から勤務開始まで4ヶ月程待って頂いた今の会社に感謝しています。転職活動をするには「名古屋」と「新潟」との距離もネックのひとつでした。Uターンしてから活動する方法もあったのですが、無職になってしまうリスクを避けたかったのも事実です。

今の会社に決めた理由

ガソリン販売業のイメージが強かったので、今の会社が運送業も行っているのは知りませんでした。逆に「運送?髙助・・ん??」と思い、WEBで調べるうちに応募したいという気持ちになりました。実は名古屋での経験もあり、運送の仕事はある程度理解をしていましたので、応募すれば多分採用して頂けるとは、うすうす思ってはいました(笑)。

移住する上で一番心配だったこと

新潟に実家があったので、Uターンしやすい状況ではありましたが、まずは引越し費用を用立てるため、面接には飛行機ではなく、高速バスを利用したりして節約しました。まず住む所の心配からしなければいけないU・Iターンの方は大変でしょうね。その点、まだ恵まれた状況だったと思います。

これからのビジョンについて

慣れている仕事ですので入り込み易く、すんなり取り組めてはいますが、5年後10年後のビジョンは今のところ全く無く、日々こなして行くのが精一杯です。今は10年先を考えるより、目の前の事に集中しています。

仕事の内容について

以前はほぼ日本全国を飛び回っていましたが、今は一番遠くても横浜までの配達業務です。高速道路ではなく、ほとんどが一般道を使用するスケジュールですが、運行の仕方は様々で、夜に出発という場合もあります。また、荷物の内容によってもそれは変わります。運送業では其々の会社によって得意とする業務が違っています。HPの情報だけで自分に合った企業を選ぶのは難しいと思いますが、今の会社では、出発が遅い時は多少キツイと感じることもありますが、ほとんど問題の無い状態で楽しく仕事をしています。

U・Iターンをしたい方へのメッセージ

どんな土地に行っても、言いたいことも言わず、引っ込み思案だったりしていると、自分を取り巻く環境は良くならないと思います。その場所に行き、素直に自分を出すことによって自分がいるスペースを見つける。そこからすべて始まると思います。私はUターンとIターンの両方を経験しています。ちなみに名古屋という土地柄は、例えば織田信長(お殿様)のように押しが強い?人が多い気がします。一方、新潟の人は遠慮深い「農民」気質でしょうか(笑)。実際、自分の仕事でも「新潟人」であることを逆に強みにすることでコミュニケーションが取りやすくなり、それが商売に繋がったりしていました。どこにいても自分らしいやり方を忘れなければいいのではないでしょうか。

採用者の声

まじめにこつこつやってくれるので、非常に助かっています。業界経験者としてそれなりのキャリアが有り、ある程度基礎ができているので、詳しく教えなくても理解してくれる頼もしい存在です。