注目のU・Iターン情報

Vol. 14 家族の協力で見つけた「長く勤めたい職場」

プロフィール

田中弘美さん(40代): 新潟市の高校卒業後、製造業や観光業などを経験。結婚、出産後、一度は川崎市へ移住をした後、一昨年住み慣れた新潟へUターン。現在は新潟で介護職員として活躍中。

新潟移住を考えたきっかけ

ここ10年ほど夫の体調不良も有って、親子3人、川崎市の夫の実家で暮らしていましたが、そのうちに同居していた義父も亡くなってしまいました。子供もまだ小学校低学年だったこともあり、これからの子育て環境の面からも、生まれ故郷の新潟に転居することを考え始めました。思い切って夫に相談すると、体調も以前より持ち直したこと、また過去に夫も5年ほど新潟に住んだ経験もあってか、意外とすんなり賛成してくれました。また私の実の姉が新潟市に住んでいることも、移住を考える大きなきっかけになりました。

転職活動の内容

転職するにあたり、あれこれ相談したのはハローワークの他は「新潟県U・Iターンコンシェルジュ」だけでした。「川崎」「新潟」間の移動時間やコスト、仕事を続けながらの就活、夫の体調管理など、いくつもの制約が有ったので、休みの日に2社から3社の面接や職場見学が日帰りでできるよう、コンシェルジュと相談して予定を組みました。もともと求人案件の多い業界ではありますが、「欠員補充」の案件が多く、せっかく内定を貰っても移住・転職のタイミングが合わず、2社ほどお断りせざるを得ませんでした。また家族のために夜間は家を空けられないと考え、「夜勤」のシフトのない案件を探していたため、当初は思うように事が運びませんでしたが、活動していくうちに家族の理解と協力が得られ、多くの求人案件に応募が可能な状況になりました。

企業について

そのような活動を続けているうちに、めぐり合った職場が現在の「社会福祉法人常陽会 なじみの家きなせや荻川」でした。姉の住む秋葉区に自分達も住み、就職も近くの施設にと考えていたこと、そして何よりも職場の雰囲気や利用者の方々の印象が良く、施設見学の後、直ぐにここで働きたいと思いました。幸いにも企業様からもコンシェルジュ経由で「ぜひに」と言っていただき、採用が決まりました。それまで「デイサービス」では要介護度が軽度の方々のお世話しか経験したことが無く不安でしたが、周りの励ましもあって、2ヶ月も過ぎる頃には、自分でも「これならやって行ける」という自信が出できました。今では仕事が楽しいと感じ、ずっとこの先も続けたいと思っています。一方、キャリアアップのための社内研修プログラムが充実していることもこの職場の大きな魅力のひとつです。今はそれを利用して「介護福祉士」の資格を取得したいと考えています。

新潟にUターンしての感想・新潟の魅力・他との違い

食べ物が新鮮で豊富、そして美味しいことは勿論ですが、自然環境の良さも大きな魅力です。そんな中で子供を育て、それぞれの季節を味わいながら生活していきたいと思います。もう一つ、ぜひ言いたい事があります。それは、新潟にはおおらかで優しい人が多いということです。慣れない仕事でくじけそうになっていたとき、回りのスタッフだけではなく、利用者の皆様からも沢山の励ましを受け、助けられました。新潟の方々の心の広さを感じています。

これからU・Iターンを目指す方へのメッセージ

U・Iターンをするためには、人それぞれ、様々な乗り越えるべき障害があると思いますが、一人で悩まないことが重要だと思います。相談するのは家族は勿論、親戚や友達、あるいはコンシェルジュにも積極的に悩みを打ち明け、移住・転職へのモチベーションを絶やさず、前向きに行動する人にだけ、良い出会いが待っているのではないでしょうか。

担当コンシェルジュより

田中さんから移住・転職の相談を受けましたのは、2016年の春でした。それまでの2年間、偶然「介護職専門の就労支援事業」に携わっていたので、これも何かの巡り合わせだったのかも知れません。業界の求人状況も仕事の大変さもかなり理解はしているつもりでしたので、比較的簡単に事は進むと考えていました。
しかし移住・転職を成功させるためには、解決の難しい要件が2つありました。この業界で働くには、ほぼ必須条件である「夜勤」が難しいこと、川崎市での仕事を続けながら面接や職場見学をしなければならないこと。当初はかなり心配しましたが、幸いにも二つとも解決することができました。ご家族の愛情と理解が田中さんの「夜勤」を可能にし、本人の頑張りと強い意志が、ハードな「日帰りでの複数回の面接」をこなす原動力となりました。
現在、田中さんは「常陽会きなせや荻川」の一員として活躍しています。コンシェルジュの立場としては嬉しい限りである一方、その頑張りに改めて敬意を表したいと思います。