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Vol.34 パチンコ店から新潟の工場へ。転機は母の病気とアツい社長との出会いだった!

プロフィール

仲川大和(なかがわ やまと)さん 37歳 新潟県豊栄市(現新潟市北区)生まれ。

高校卒業後に上京。大学中退後、パチンコ店や大手自動車メーカーの工場などでのアルバイトを経て、2009年に東京都青梅市のパチンコ店に就職。2019年4月、環境試験器の製品開発および製造販売を手掛ける株式会社いすゞ製作所に入社。一男一女の父。

 

きっかけは突然やってきた

高校卒業後、埼玉県内の大学に進学するために故郷の新潟県豊栄市(現新潟市北区)を離れました。大学中退後、アルバイト生活を経て、27歳で東京都青梅市のパチンコ店に就職し約10年間、正社員として働いてきました。

女手一つで私を育ててくれた母親の面倒をみるために、いずれは新潟に戻りたい――。その思いは上京したときから、ずっと頭の片隅にありました。母親の定年が近づいてきたこともあり、2016年11月に新潟県U・Iターンコンシェルジュに登録したり、ハローワークに求職申し込みをしたのですが、長女が生まれたことや、仕事もそれなりにうまくいっていたこともあって、転職活動に本腰を入れていたわけではありませんでした。決断を先送りしていたんですね。

きっかけは突然やってきました。2018年12月のことです。「お母さんの様子がおかしい。意味のわからないことを言っている」母親と同居している妹からの一本の電話でした。

新潟に戻ろう!とりあえず飛び込んでみよう!

病名は「一過性全健忘」。一過性の記憶障害で、母親はその日一日に起こった出来事を全て忘れ、新しいことも何も覚えられなくなってしまっていたんです。幸いなことに、翌日には元通りの状態に戻ったのですが、さすがにショックでした。これを機に「新潟に戻ろう」という気持ちにようやく火がつき、Uターン活動を再開させたんです。

新潟県U・Iターンコンシェルジュに登録したことを思い出し、「なんかいい求人はないですか」という感じで問い合わせてみたところ、「こちらはどうですか」と、環境試験器の製品開発および製造販売を手掛ける「いすゞ製作所」を紹介していただいたんです。大手自動車メーカーの工場でアルバイトをした経験はありましたが、正直な話、製造業にとりたてて興味があったわけではありませんでした。でも、行動を起こしてみなければいけないと。とりあえず飛び込んでみようと――。そんな気持ちで選考をお願いすることにしました。

面接で心を打たれた、社長の器の大きさ

面接を受けたのは19年1月です。これも何かの巡り合わせでしょうか、いすゞ製作所は埼玉県狭山市に営業所を構えており、そこで面接を受けることになりました。先ほど申し上げたように、けっこう軽い気持ちで面接に行ったのですが、営業所を訪ねてみてビックリ。なんと社長と部長がわざわざ新潟から来てくれていたんです。しかも、もし本当にUターンをするなら、仕事の引き継ぎや家探し、引っ越しも大変だろうと「入社日は仲川さんの良いタイミングでいいからね。うちはいくらでも待つよ。円満退職でこちらに来られるようにしてください。」と。もう本当に信じられないことばかりでした。社長の人間としての器の大きさに心を打たれ、いすゞ製作所に入社しよう、いや、するしかないと。面接を終える頃には、気持ちはもう固まっていました。

とにかく笑顔でいなさい

家探しや引っ越しも無事に終え、2019年4月に入社。しかしながら、入社初日、いきなりハードルにぶち当たりました。製造工程に入ったのですが、ネジ一つとっても、サイズや種類はさまざまなですし、ドライバーをはじめとする工具も一つ一つ機能が違います。指示を受けても、ほとんど意味がわからない。正直な話、「こりゃムリかもしれない」と思いました。

翌朝、社長がやってきて声を掛けてくれました。

「昨日、どんな顔をして家に帰った?」
「いやあ……どんよりした顔をしていたと思います」

そんなふうに応えたら、社長はこう言うんです。

「新しい世界にやってきたわけだから、何もわからない状況に戸惑っているのはわかるけど、とにかく笑顔でいなさい。暗い顔をしていたら家族も不安になるから」

図星でした。「ここで本当にやっていけるかなあ……」そんな気持ちが家での私の態度にも現れていたと思うんです。沖縄出身の妻にとって、新潟で暮らすのは初めて。もちろん知り合いは一人もいません。私が暗い顔をしていたり、イライラした様子でいたりしたら、妻はもっと不安になるに違いありません。社長の言葉を忠実に守って、どんなに不安なときも笑顔でいよう。そう心に決めました。

その日から2週間、社長はほとんどつきっきりで仕事を教えてくれました。本当にアツい社長なんです。

いすゞ製作所は“縁の下の力持ち”。クラブ活動もある!

おかげさまで、入社から3カ月ほどで仕事にもだんだん慣れてきました。現在手掛けているのは、「恒温・恒湿試験機」の検査業務です。温度や湿度を長時間にわたって一定に保ち、コンクリート・金属といった素材や電子部品などの高温試験や低温試験などを行う「恒温・恒湿試験機」は、高品質なものづくりに欠かすことのできない機器の一つです。試験機なしでは安全・安心な製品をつくることができませんからね。その意味で当社は“縁の下の力持ち”のような存在なんですね。身の回りのさまざまなものに私たちの製品が役立っていると思うとやりがいを感じますね。

当社のユニークなところとしては、企業活動の一環として「クラブ活動」を展開している点が挙げられます。私は書道クラブに所属。月に1、2回、昼休みに先生がいらっしゃって、およそ30分間、課題として与えられた字を黙々と書くんです。字がうまくなりたいと思って入会したんですが、職場に溶け込むきっかけにもなりました。いすゞ製作所は物静かな社員が多い印象ですが、話してみるととても優しい方ばかりで、とても居心地のいい職場です。

子どもの頃は、新潟が嫌いだった

入社から約半年。家族も新潟の生活にだんだん慣れてきて、妻は事務の仕事をはじめました。うれしいのは、土日祝日が休みになったことで、子どもと遊ぶ時間が増えたことですね。以前の職場は、基本的に平日が休みだったので、土日に妻や子どもとなかなか出掛けられなかったんです。

週末は実家に戻ってのんびりと過ごすことが多いですが、最近は温泉やフルーツ狩りに出掛けたりすることも増えてきました。いちご狩りに梨狩りにブルーベリー狩り。さくらんぼ狩りを楽しむために、山形県まで足を延ばしたこともありましたっけ。
子どもの頃は、新潟が嫌いだったんです。実家のあたりは特に田舎で、田んぼのほかには何にもありませんでしたから、都会への憧れが強かったんですね。でも、大人になって戻ってきたら意外と悪くない。新潟ってなかなかいいところなんですよね。

Uターンを考えている人へのメッセージ「思い切って行動に移してみよう!」

とにかく今は、できることを精一杯やって、1日も早く会社に貢献できるようになりたいです。また、せっかく新潟に戻ってきたわけですから、ゆくゆくは地元を盛り上げられるような活動にもチャレンジしたいと思っています。

安定した生活を投げ打って、まったく違う世界に飛び込むのは、勇気のいることだと思います。実際、私も母親が一過性全健忘になるまで決断できませんでしたからね。でも今は、Uターンをして本当によかったと思っています。もちろん仕事のことにしても、収入など生活のことにしても、それなりの苦労はあるわけですが、長い目で見れば、その一つ一つが勉強になると思うんです。迷ったり悩んだりすることも少なくないと思いますが、先延ばしにしてダラダラしているよりも、思い切って行動に移してみることが何よりも大切だと思います。