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Vol.39 ホテルマンから蔵人へ!40代 勇気のキャリアチェンジ

プロフィール

中野 聡さん 40代 新発田市出身

新潟市の専門学校を卒業後、市内のホテルに就職。その後、東京へ異動となるが、新潟での勤務も合わせて約21年間、ホテルマンとして勤務。結婚・子供の誕生を機に、長岡出身の妻と共に新潟への移住を考え、かねてから興味のあった「酒造り」を行う蔵人へキャリアチェンジを希望し、三条市にある福顔酒造で酒造りに携わっている。

 

妻と二人の故郷である新潟での子育てを考えた時、決めた新潟移住


新潟でコンピューター関連の専門学校を卒業後、就職活動をするも時代はいわゆる「就職氷河期」。なかなか決まらない中、ホテルのフロント職に就きました。その後、東京への異動もあり、卒業から約21年間、ホテルマンとして勤務をしていました。結婚をし子供の誕生を機に、妻と二人の故郷である新潟での子育てについて話し合うことが多くなり、その頃から具体的に移住を考え始めました。

40代、ずっと憧れていたものづくりの仕事に挑戦

初めての転職、さて次はどんな仕事に就こう…。一家の大黒柱ではあるものの、新潟移住の際には就職氷河期ゆえに叶わなかった「地域に根差した」「ものづくり」の仕事に就きたいと考えていました。もちろん、40歳過ぎてのキャリアチェンジですので、思うようにいくとは考えていませんでしたし、難しいならキャリアを活かして、再びホテルマンとして働くことも視野に入れていました。期待半分、諦め半分で登録した新潟県U・Iターンコンシェルジュから、福顔酒造での酒造りの仕事を紹介された時、「自分がやりたかった仕事はこれなんだ!」と強く思いました。

酒造りは未経験ですし、受かるかもわからない。もし受かったとしても全くの未経験ですので、年収は確実に下がる。だけど「挑戦するなら今しかない!」と腹を決めて応募をしました。結果、内定を頂き昨年3月より就業することが出来ました。現在はボトリングと品質管理に携わりながら、日々、酒造りのことを学んでいます。

一日も早く「酒造りに携わりたい」気持ちをバネに

今はボトリングと品質管理を任せられていますが、正直申しますと、早く酒造りに直接関われる仕事をしたいと思っています。ですが、今は修行の時。この仕事を着実にこなしながら酒造りを学び、一日でも早く福顔の酒造りに携われたらと思っています。恥ずかしながら入社する前まで日本酒についての知識はなく、お酒のジャンルのひとつ、くらいの認識しかなかったんです。今は福顔の酒はもちろん、他の蔵、他県の酒を積極的に飲みながら、日本酒について勉強する毎日です。

故郷・新潟への移住。だけど新天地。

移住で一番苦労したのは「家探し」でした。新潟は地元ではありますが、東京は10年以上住んでいた、住み慣れた場所と言ってもいい。自分の地元である新発田市ではなく、妻の実家がある長岡市で探しました。長岡には住んだことがなかったので、「新天地」といったところで新鮮でした。職場までは車で50分くらいかかるのですが、引っ越した当初は車が無く、通勤だけでなく買い物や遊びに行くにもとても不便で大変でした。しかもペーパー歴20年でしたので、実家の車を一日借りて練習したり、とか…。(笑)   久しぶりの雪道での運転は滑ってとても怖かったですが、意外と身体は覚えているものですね。運転にはすぐに慣れました。

 

10年後の仕事に対するビジョン


今はまだ勉強中、修行中の身ですので語れるほどではないのですが、10年後はもちろん、酒造りに携わっていたいです。そして、品評会で入賞できるような玄人が唸る酒だけではなく、日本酒離れしている若い人たちにも喜んで飲んでもらえるような酒を造れたら、と思い描いています。

U・Iターンしたい方へメッセージ~情熱を持って一歩前へ~


新潟は車社会だけど、少し行けば海、山、都会もあり、新幹線に乗ればすぐに東京まで行ける、とても住みやすいところだと思います。また、40を過ぎてのキャリアチェンジは、いろいろな障害もあり、更に家族もいれば簡単にはいかないところもありますが、情熱をもって、考えて、諦めなければ可能なのでは、と自分の経験から感じています。

今、踏みとどまっている方はぜひ、一歩を踏み出してみてください。